1994年の10月。格闘技通信編集部のFAXは、11月9日に開催される北斗旗空手道選手権大会の出場選手リストをプリントアウトしていた。主催する大道塾から送られてきたものだ。その中に「SemSchilt(203センチ/103キロ)」という文字があった。

「セムシュルト」って読むのかな? それにしても……。アマチュア団体の記録や発表というのは、良く言えば牧歌的、悪く言えばテキトーだ。

北斗旗のトーナメント表でいえば、従来、日本人選手は、苗字・名前が記されているのに、外国人選手は「ラントフ」とか「ゾーリン」とか、苗字なのか名前なのか分からない一語だけ。よくても「イワノフV」といった具合に、頭文字がついている程度。“サインはV”じゃあるまいし…。

格通としては、大会情報を載せるならば「日本人はフルネームで載っているのに外国人は“マイケル”とか“ダン”だけ」なんていう人種差別的な表現は避けたい。何とか、一般社会水準に見合うよう、外国人選手もフルネームで載せられないものか? ならば、この「セムシュルト」が苗字なのか、名前なのか、知る方法はないか?

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シュルトの日本初登場は、大道塾主催の北斗旗オープントーナメントだった

その頃、パンクラスの大会があり、オランダ人選手が来日していた。これはラッキー! パンクラスと大道塾、双方にオランダ人選手をブッキングしているのは同一人物、デプレツ・クロビッツ氏である。さっそく会場で、氏を捕まえ、片言の英語で「これは名前? 苗字?」と訊いた。

答えは「ノン! ノン!」。そして彼は、SemとSchiltの間に「・」を打った。そうか! セムシュルトではなく、セーム・シュルトだったのか? 想定外の回答を得て、自信を持って記事をつくった。こうして、セーム・シュルトの名は活字となり、その後の活躍により、その呼び名は世に浸透してゆく。

94年に北斗旗1回戦負けだった203センチある20歳の青年は、翌95年には同大会ベスト4進出、翌96年よりパンクラス参戦、96年・97年と北斗旗を連破。211センチまで背を伸ばしたこの頃、実績においても、インタビュー記事をつくるのに通訳を用意するのが相応しい“大物”になったのだ。

その結果、通訳の言葉で、重大なミスが発覚する。「“実は僕の名前はセーム・シュルトとは読まないんだよね…”と言っています」。正しくオランダ語で読めば、シュルトではなく、スヒルト。譲歩して、英語的にシュルトと読むのであれば、セームでなく、セミーとするのが相応しいという。

そういえば…。私はクロビス氏に「これは名前? 苗字?」とは訊いたが、その想定外の回答に満足してしまい、「セーム・シュルトって読み方で正しい?」とは訊いていなかったのだ。あぁ、大チョンボ!

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セム→セーム→セミーと、まるで出世魚のように大きく成長していったシュルト

以降、シュルトはますます活躍を続け、キング・オブ・パンクラシストとなり、PRIDE、UFCに参戦し、4度のK-1王者に。セーム・シュルトの“和名”がさらに世に広がるにつれ、申し訳なく感じたものだ。昨年頃になって、ようやくセミー・シュルトと、“譲歩して正しい読み方”で表記されるようになり、ホッとしたのも束の間、その名の浸透を待たずに引退してしまうなんて。

身長は212センチ、体重は136キロにまで成長したセミー。大巨人キャラを強調するため、いつも企画の撮影では「ベッドから足がはみ出している姿」とか、そんなポーズばかりを要求したけど、嫌な顔ひとつしなかった。本当の姿は、ペットの爬虫類たちをスリスリと頬を寄せてかわいがり、器用な手先で自転車模型をつくるおとなしいヤツ(ファイトマネーだけで生活するようになるまでは、この模型作りを本職としていた)。編集部にやってきたときには、低い天井にぶつからないよう腰を折り、宿泊先では浴衣をミニスカートのように着こなして太腿を覗かせ…。セミーの歩く姿は、いつもかわいらしかった。

引退後、どうか各マスコミのみなさまが、この優しく、おとなしく、かわいらしい大男の名を、正しく伝えてくれますように。

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1996年、並みいる強豪たちを破り、外国人として初めて北斗旗トーナメントの頂点に立ったシュルト。このとき23歳
 
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【PROFILE/朝岡秀樹】

1969年生まれ。北海道釧路市出身。格闘技&からだづくり専門編集者。1999年~2002年、2007年~2008年に格闘技通信誌の編集長を務める。着衣総合武道(空道)全日本選手権軽量級優勝、無着衣総合格闘技(アマチュア修斗)全日本選手権バンタム級優勝といった格闘技歴と、空道参段、柔道初段、少林寺拳法初段、ブラジリアン柔術茶帯、米国ナショナル・ストレングス・プロフェッショナルズ・アソシエーション・トレーナーライセンス(NSPA‐CPT)、日本コーディネーション・トレーニング協会ブロンズインストラクター資格、救急法等の取得資格を活かし、ベースボール・マガジン社ほか各社より、書籍・雑誌記事・ウェブ記事・DVDブックの制作を請け負う。プロデュース作品は、書籍「風の谷のあの人と結婚する方法」「まったく新しいボクシングの教科書」、ムック「達人入門」「ブラジリアン柔術入門」など多数。